裸の身体をどう思ったり、感じたりするのでしょうか? 単に好奇心、ただHな気持ちで見たいから・・ どうして人前で裸になるのでしょうか? お金のために、嫌々ながらしているのでしょうか? 大勢の前で裸なのは、恥ずかしくないのでしょうか? 作家と裸のモデルの場合、危険なことは無いのでしょうか? 変な気持ちにはならないのでしょうか? 一般的な、普通の考え方の人なら、一つの部屋で、女の子が裸になって、それを見て絵を描いているという状況は、とても普通とは思えないでしょう・・ だから、普通の人にとっては、そんなことを考えただけでもぞくぞくするのかも知れません。 どんな社会でもルールはあります。 勝手な臆測は、無駄です。特に芸術という名を借りて何かをしようとしても、簡単に見抜かれてしまいます。 一つ一つのルールや約束の上での礼儀によって成り立つものです。 そのあたりは、茶道や華道に通じる礼儀作法のようなものがあると思います。 造形に関わるものにとっては、そのような浅はかな邪推はとても恥ずかしく感じるでしょう。 男性モデルについて、否定的な方も居るようである。 性器を露出している男性モデルを見て描くという行為に対して否定的な人もいます。 男性も女性も、人であるという形については、紛れもない事実です。 それをただ、性器が見えているというだけで欲情するのは、それこそ、見る人の側の問題だと思いませんか? 例えば、ミケランジェロのダビデ像にさえも欲情するのでしょうか? 人が人の身体をよく観察する事によって、自分自身が人間であることを再認識させられたり、人の持っているすばらしさを感じたりするのだと思います。 昨今、人に対する愛情の欠落から、簡単に人を殺害してしまう傾向にあります。 もっともっと、人を見ることで、本来の人という身体を大切にしようとする気持ちになりませんか?
裸は、犯罪??? どうして、人の前で裸になるのは、いけないことなの? 裸の身体だけで、いたずらに欲情を喚起する??の? 『裸=性的欲情』というと直結するような思考回路を持つ人が多いのかも知れません。 しかし、そんなことを思っていると、共同浴場にさえ行けません。 裸であることから、見る人の感じ方によって、性的な気持ちの欲情が喚起させられるという事で、問題視されることがあります。 人は、見る側の精神的な状況から、ただ、女性の襟足を見ただけで、性的な意識を持つ人もいるでしょう。 混浴のお風呂に入ったときに、ただそれだけで欲情するのであるのだろうか・・ そこまでも、人の心を読むのはとても難しいのです。 元々、日本は、混浴か当たり前の時代もあり、もっとおおらかな国民性なのだと思います。 人が恥ずかしいと思う気持ちは、いったいどういう心理なのでしょう・・ 人前に出て、多くの人の前で話しをするだけでも恥ずかしいと思うこともあるでしょう・・ 普段から顔を隠す生活をしていると、顔を出すだけでも恥ずかしく思うのかも知れません。 クロッキーの勧め 日常の生活の中で、ものの認識について、ちゃんと見ているようで、人間の脳は、随分と曖昧に瞬間的に見た気持ちになっています。 いざ、それを書き留めよと言われると、思い出せなかったりするものです。 クロッキーは、短時間の間に、その被写体を書き留めるという作業になりますが、一瞬の時間で、その一本に託された線で表現するという極めて神経の集中するものです。 絵を描くということは、誰しも出来る事です。文字を書く以前からの人としての表現をする原点です。 ですから鉛筆を持ったことのない人でもやってみようという気持ちと、少しの静かな時間を持つことが出来る人なら誰でもできます。 是非、その一瞬一瞬の目と頭の脳と、手の動かし方をすべて連動させた作業となりますから、挑戦してみてください。
人が人を描くという行為 なんで、人が人の身体を描くの? なんで、モデルが裸になって、その裸を描くの? 少し考察してみましょう・・ 美術に接した人は、ヌードでのデッサンやクロッキーなどは、そんなに違和感無しに理解する事が出来ると思います。 ところがそうでない人は、『えっ、女の子の裸が見れるのっ!!』ていう表現のように、とても好奇心だけでの受け取り方をするのだと思います。 もし、あなたも同じように思われたとしたら、是非、お近くのクロッキー会に参加してみてください。 そうすると、答えがわかると思います。 実際に、初めて裸婦の女性を目の前にしたときに、全体の構図を捉えるだけで、一つ一つのパーツなど、ちゃんと見ることも出来ず描いている自分が照れてしまったり、ちゃんと凝視する事さえ出来ないという事が判ります。 その次には、見ているつもりでも、ちゃんと形として捉えていないことが、すぐに判明してしまうのが、人物デッサンです。 絵を学ぶ為の基礎ととして、人物を描くということが如何に難しくて、大変なことかが、そこにあるのだと思います。 そして、いずれプロの絵描きとしての美術大学への入試のデッサン、習作の制作のための基礎デッサン、その為に、協力して頂ける美術モデルが、居ます。 もともと絵描きは、裕福な方は少なく、ボランティアの様なお礼から始まっています。 でも、デッサンやクロッキーで完結するものもあります。 また、プロの絵描きを目指す人だけのものでもありません。 私どもでは、もっと多くの方に人の身体ををよく見る機会に参加してくださればと思います。 美術モデルの依頼 少し経験を積まれると、個人的に美術モデルを依頼して、描いてみることもお勧めします。 生身の人間が、自分のためにモデルをしてくださるという、人と人とのコミュニケーションを感じながら、そのプレッシャーの中での時間経過は、やってみないと判らないと思います。 自宅で描きたいけどアトリエなど無いですよ!! 多くの方は、そりゃそでしょう、有る程度の広さが確保できればそこがアトリエになります。 主婦のお友達同士で、自宅でクロッキー会も結構ですし、個人で、自宅の居間をかたづけた場所でも構いません。 最近では、老人の生き甲斐を喚起する意味も含めて老人ホームでの開催もありです。 定年退職された方が、夫婦で自宅でクロッキーというのも良いと思いませんか? 個人の方お一人でも、自分だけにお願いできるのかな?と、お思いの方も挑戦下さい。 なんでも挑戦してみる気概が大切です。 <<モデル依頼申し込み・問い合わせ >> 文責 アーチスト・モデル・レジスタ 管理者